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前橋家庭裁判所 平成2年(少)1295号 決定

少年 M・K子(昭47.2.2生)

主文

少年を医療少年院に送致する。

押収してあるシンナー様液体若干(ただしスプライト1リットル瓶に入っているもの、平成2年押第116号の1)を没取する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、

第1  平成2年8月13日午後10時8分ころ、群馬県伊勢崎市○○町×丁目×××番地××先路上において、普通乗用自動車(群××な××××号)を運転中、自車右前部を対向してきたA子運転の普通乗用自動車(足立××ち××××号)の右側前部に衝突させ、同車の右側面及び右側前後輪タイヤホイールを損傷(損害額50万円相当)した交通事故を起こしたのに、直ちに自車の運転を中止して道路における危険を防止する等必要な措置を講じず、かつ、その事故発生の日時、場所等法律の定める事項を直ちに最寄りの警察署の警察官に報告せず、

第2  公安委員会の運転免許を受けないで、同日午後10時15分ころ、同市○○×××番地×先路上において、前記普通乗用自動車(群××な××××号)を運転し、

第3  同日午後10時33分ころ、前記第2の場所において、興奮、幼覚又は麻酔の作用を有する劇物であって政令で定めるトルエンを含有する有機溶剤約140ミリリットルをみだりに吸入する目的で所持した

ものである。

(法令の適用)

第1の事実につき 道路交通法117条の3第1号、72条1項前段(危険防止義務違反)

同法119条1項10号、72条1項後段(報告義務違反)

第2の事実につき 同法118条1項1号、64条

第3の事実につき 毒物及び劇物取締法24条の3、3条の3、同法施行令32条の2

なお、少年については上記のとおり平成2年少第1051号ぐ犯保護事件が係属しているが、前橋保護観察所長から通告のあったぐ犯事実の要旨は、

少年は、平成2年2月14日当庁において保護観察処分に付されたが、

1  保護観察当初から、保護者の正当な指導に従わず、定職に就かずして無為徒食し、夜遊びをし(少年法3条1項3号イに該当)、

2  保護観察当初から、シンナーの吸引を続け、特に同年5月以降は毎日のように吸引し、自らの身体をナイフで傷つける等のことをしており、このまま放置すれば本人の身体、精神に荒廃をきたす恐れが強い(同法3条1項3号ニに該当)

等の事実があり、その性格及び環境に照らして、近い将来、刑罰法令に触れる行為をするおそれがある。

というものである。

審判の対象としてのぐ犯事実を画する時点については、手続の明確性の観点に加えて、ぐ犯事実の立件から家庭裁判所への送致に至る過程を経ることによって少年に対し新たな人格態度が期待されることから、事件送致時を基準とすべきであるが、送致された犯罪事実とぐ犯事実との間に同一性が認められない場合であっても、同犯罪事実が、少年のぐ犯性が直接現実化したものと認められる場合には、ぐ犯事実は犯罪事実に吸収されると解すべきである。そして本件の場合、第3の犯罪事実は上記ぐ犯事実から認められるぐ犯性が現実化したものであるから、ぐ犯事実は第3事実に吸収され、要保護性に関する事実として考慮すれば足りるものというべきである。

よって、上記ぐ犯事実については非行事実としての摘示をしない。

(処遇の理由)

1  本件は、少年が毒物及び劇物取締法違反等保護事件により保護観察決定を受けた後も、シンナー吸引を繰り返す等の行動が見られたことから、保護観察所長から当庁に通告され、在宅試験観察決定を受けながら間もなくシンナーを吸引したため、父親からの体罰を受けること及び少年院送致となることを恐れて逃亡を企て、シンナーを携えて父親の自動車を無免許運転し、交通事故を起こしたというものである。

2  少年は、中学3年生のころからシンナーを吸引し、平成元年3月に高校を中退したころから吸引がより頻繁になったものであるが、前件による保護観察決定、本件による在宅試験観察決定を受けながら一向にその傾向が改まっておらず、したがって少年のシンナーへの依存度はかなり高いと言わざるを得ない。

3  少年の生育歴を見ると、少年は幼少のころから気弱であって、不安感から母親に密着して生活し、また、母親が厳格な父親から少年をかばってきたことから、母親への依存度が高く、情緒面及び社会性の発達が未熟のまま現在に至っており、自立性が乏しく、他人からの影響を受けやすい性格を形成している。そして少年のシンナー吸引も、友人からの影響に加えて、母親が不在の際に孤独でいることからの不安感を紛らわす手段となっていることが窺える。

また、少年は前件の保護観察決定後、さらに本件の在宅試験観察決定後、本気でシンナーを断つことを考えていたことが認められるが、それにもかかわらずシンナー吸引を繰り返しており、少年の意志の弱さも無視できない。

4  少年は、上記ぐ犯事実により観護措置決定を受けて少年鑑別所に入所中、自己の問題点は母親の家に集まってくる友人との交友関係にあり、交友関係を断つ必要性を感じて、母親と別居中の父親の下で生活することを決意し、在宅試験観察決定を経て父親との生活を始めたものの、間もなくシンナーを吸引したため父親から追い出されるような形で母親の下に戻り、同所でシンナー吸引を繰り返し、就職活動も思うように行かないことからくる焦燥感も手伝って、シンナー吸引に拍車がかかるようになり、遂には上記のとおり逃亡を企て、父親の自動車を乗り出すに至ったものであり、以上の経緯に鑑みれば、両親に対し少年への監護を期待するのは困難である。

5  以上の諸点を考慮すれば、少年に対しては、現状では社会に適応して生活することは困難と言わざるを得ず、矯正施設に収容してシンナーとの係わりを断ち、専門的教育によって社会性、自立性を養い、社会適応能力を身に付けさせる必要がある。

ただ、少年はアトピー性皮膚炎の持病を有しており、投薬を継続する必要があることから、とりあえず少年を医療少年院に送致し、軽快後については、少年のシンナーへの依存度が高いこと、少年の性格が年齢に比して相当程度未成熟であること等から、中等少年院への移送が相当と思料される。

6  よって、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して少年を医療少年院に送致することとし、没取につき少年法24条の2第1項1号、2項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 柴崎哲夫)

〔参考〕通告書

通告書

前保観第309号

平成2年7月4日

前橋家庭裁判所殿

前橋保護観察所長○○

下記の者は、少年法第24条第1項第1号の保護処分により、當保護観察所において保護観察中のところ、新たに同法第3条第1項第3号に掲げる事由があると認められるので、犯罪者予防更生法第42条第1項の規定により通告する。

氏名

年齢

M・K子

昭和47年2月2日生

本籍

福岡県嘉穂郡○○町○○×××番地

住居

群馬県伊勢崎市○○町×××番地×○○ハイツ×××号

保護者

氏名

年齢

M・S子

昭和18年5月12日生

住居

群馬県伊勢崎市○○町×××番地×○○ハイツ×××号

本人の職業

無職

保護者の職業

飲食店(自営)

決定裁判所

前橋家庭裁判所

決定の日

平成2年2月14日

保護観察の経過及び成績の推移

別紙1のとおり

通告の理由

別紙2のとおり

必要とする保護処分及びその期間

少年法第24条第1項第3号に定める処分

参考事項

添付書類(編略)

1 質問調書(甲)謄本1通

2 質問調書(乙)謄本1通

3 誓約書(乙)写し1通

別紙1

保護観察の経過及び成績の推移

保護観察決定当日、父親同伴で当庁に出頭した。翌15日に両親とともに担当の○○保護司宅へ来訪した。

担当者は、シンナーの吸引を止め、できるだけ早く就職するよう指導した。

母親は、現在の住居が狭隘のため、両親が別居していると報告したが、その実、本人がシンナーの吸引を続けてきたことで、本人と父親の間に葛藤があることから別居を余儀なくしてきたものであった。

2月20日、本人は担当者宅来訪時、書店か玩具店のようなところに就職したいと述べていたことから、担当者はこれを激励し、積極的に求職するよう指導した。しかし、本人はこれを具体化することなく、不就業であった。

3月中も、友人と一緒に就職先を探すと言いながらこれを実行しなかったがときたま母親の経営するスナックの手伝いをした。

4月下旬頃から、夜遊びをするようになり、深夜、あまり素行が好くないと認められるような友人2~3人多いときには、5~6人と共に帰宅し、注意しても素直に帰宅しない少年もおり、中には、母親や本人の姉に反抗的態度をとる少年もいた。本人は体の具合が悪いことを理由として、担当者宅への来訪も欠くようになった。この頃シンナーの吸引がやめられず、シンナーを吸引中自ら左手首をナイフで傷つけ、母親が○○警察署に通報したことから同署員が本人宅に来て注意指導してくれた。

5月13日担当者が本人宅に往訪したが、シンナーの吸引をしているらしく対話にならなかった。

同月18日を指定して、主任官が定期駐在場所に出頭指示したが、不出頭であった。

6月2日シンナーの吸引をし、家庭内で乱暴することから、姉が別居中の親に連絡し、父親が○○警察署に通報し、同署員に注意指導してもらったが、本人の乱暴がおさまらないので、群馬県立○○病院に入院させた。

同月20日行状がやや安定してきたので同病院を退院させた。

同月27日から佐波郡○○町の○○スーパー内○○寿司に就職が決定していたが、生活態度は改まらず、25日外出し、26日早朝シンナーの入った缶を口にくわえ吸引をしつつ帰宅し、同日夜再度外出し、27日早朝シンナーの吸引をしつつ帰宅したため出勤することができなかった。

7月2日母親は本人の将来を心配し、当庁に相談に赴いたが、母親が家を出るその時まで本人は、そのままシンナー等の吸引をつづけていた。

同日、同月4日を指定して、本人に呼出状を送付した。

同月4日両親同伴のもと当庁出頭。質問調書作成。

別紙2

通告の理由

上記(別紙1)保護観察の経過及び成績の推移からみると、本人は、

1 保護観察開始当初から、保護者の正当な指導に従わず、定職に就かずして無為徒食し、夜遊びをし、

(少年法第3条第1項3号イに該当)

2 保護観察開始当初から、シンナーの吸引を続け、特に本年5月以降は毎日のように吸引し、自らの身体をナイフで傷つける等のことをなしており、このまま放置すれば本人の身体、精神に荒廃をきたすおそれが強い。

(少年法第3条1項3号ニに該当)

等の事実があり、その性格及び環境に照らして、近い将来、刑罰法令に触れる行為をするおそれがある。

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